二〇一二年 五月二日 春美市 7時53分橘隆義は自宅のドアの前で、望月優奈と一緒に立ち竦んでいた。
隆義の妹である橘結依が、自宅のカギを締め終わるのを待っている為である。
「おまたせしました」
カギを締め終えた優奈がそう言い終わると、三人は門を出て通学路へと歩き始めた。
三人が通っている「公立春美高校」までは、橘家の自宅からは約20分である。
「公立春美高校」は4階建ての建物で、特に部活動に注力を注ぐ学校として有名であり、
部活の数では周りの高校と比べても、その多さは抜きん出いている事でも有名であった。
比較的近い場所にある学校である為、ゆっくりと歩いて通うのが三人の日課だ。
途中で三人は大通りに出る、ここから真っすぐに行けば学校に着くのだ。
「おーい!そこのお三方!」
大通りを歩いていた三人は後ろから発せられた声に振り替える。
そこに立っていたのは、隆義と優奈のクラスメートの鈴木春音(すずきはるね)と、
春音の妹で結依のクラスメートでもある鈴木冬華(すずきふゆか)の二人であった。
姉の春音の方は挨拶もしないで隆義達に近づいて行くが、
妹である冬華のしっかりと頭を下げて挨拶をした。
「橘先輩、望月先輩、結依ちゃん、おはようございます」
隆義達も冬華のしっかりとした挨拶に、挨拶を返した。
「ああー、みんな、私には挨拶してくれないんだー」
頬を膨らせながら春音はそう言った。
「春音がちゃんと挨拶をしないからでしょう」
優奈がやや呆れ顔で春音に言った。
そんな二人のやり取りが終わると結依は"先輩、おはようございます"と春音に挨拶をした。
「うぅー、結依ちゃんは優しいなー」
春音は結依を見てそう言い終わると、今度は隆義と優奈を交互に見るとまた続けて口を開いた。
「二人は冷たいなぁー」
それを聞いた隆義は"鈴木が挨拶をしないからだぞ"と笑みを浮かべつつ、それに突っ込みを入れた。
同年 同日 春美市 公立春美高校 15時19分「やっと帰れるな」と隆義は小さく呟いた。
やっとホームルームを終えて帰れるという事で、彼はすっかり体の力を抜いて大きく欠伸をしていた。
「こらこら、だらしないぞ~」
そう言いながら、優奈が前から近付いてきた。
"なんだ、お前か"と隆義は言いながら、席から立ち上がった。
「なんだ、お前かってひどいなぁ」
ムッとしながら、優奈はそう言うとさらに続けて言った。
「まぁ、いいけど。さぁ、結依ちゃんを迎えに行ってもう帰ろうよ」
「ああ、そうだな。結依を待たせても悪いしな」
そう隆義が言い終えると二人は自分達のいる三階から、結依のいる教室がある二階に向かった。
同年 同日 春美市 公立春美高校 15時26分「ふぅ、これで半分終わったかな」
結依は手に持っていた荷物を机の上に置くと、独り呟いた。
先程、担任の教師に荷物を運ぶように頼まれ、結依はそれを快諾して今の荷物を運ぶ事になったのだ。
女の子が運ぶには少し多い量であったから、数十人のクラスメートが手伝いを申し出ていたのだが、
帰りが遅くなっては悪いと結依は、その申し出を丁寧に断っていた。
「おーい、結依」
後ろから自分を呼ぶ声がしたので、振り向いてみると兄の隆義と優奈の二人が立っていた。
「荷物を運んでいるのか、手伝うよ」
そう言うと隆義は近付いてきた。
すると"私も手伝うね"と優奈も手伝おうと近付いてきた。
「いえ、私が頼まれたことですし、それに力を借りるのは申し訳ないです」
言い終えると結依はさらに付け加えた。
「時間もかかりそうですから、先に帰っていて下さい」
結依はそう言って二人に少し笑うと作業に戻っていこうとした。
しかし、隆義は、
「遠慮するなって。僕も優奈も普段、結依には世話になりぱっなしだから手伝いたいんだよ」
隆義の言葉に付け加えるように優奈も続けて、
「そうだよ、それにこんな時ぐらいじゃないと役に立てないだろうから受け取ってくれると嬉しいな」
二人の言葉に嬉しくなったのか、結依は頬を紅潮させて、少し恥ずかしそうに言った。
「そ、そんな別に返して欲しくてやっているわけじゃないですよ」
「でも、そう言って頂けて嬉しいです。では、手伝っていただけますか?」
その結依の言葉を聞いた二人は"勿論"と元気良く言った。
同年 同日 春美市 公立春美高校 17時03分「ふぅ、これで最後だな」
荷物を置き割ると隆義は少し疲れているような声色で言った。
「お兄ちゃん、優奈さん、お疲れ様でした」
結依は深々と頭を下げて感謝をした。
「意外と大変だったわね、途中で荷物も追加させられたし・・・」
優奈の言っている荷物の追加とは、運び終えた後に結依の担任から、
「ごめーん!荷物まだあったんだ、お願いしていい?」
と言われて、その追加分の荷物を運んだことを言っているのだ。
「まぁ、もう終わったんだしいいじゃないか」
隆義はそう言うと続けて"もう帰ろうか"と付け加えた。
三人が教室から出る頃には、辺りはすっかり暗くなってしまっていた。
「こんな遅くまで付き合わせてしまって、すいませんでした」
申し訳なさそうに結依が言った。
「全然大丈夫だから気にしないでいいよ」
優奈は笑顔で結依に向かって言った。
「そうだぞ、このくらいお安い御用だ」
と隆義もにっこり笑いながら結依に向かって言い放った。
そんな会話をしているうちに三人は一階の下駄箱にたどり着いた。
三人が靴を履き替えて、外に出ようとドアに手をかけたのだが、
ドアはまったく動かなかった。
「あれ?鍵を閉められてしまったのか?」
隆義はそう言うと、他のドアも試してみようと下駄箱の他のドアにも手をかけたのだが、
やはり全く動かない。
「やっぱり、どのドアも開かないみたいですね」
結依が言った。
「仕方がないから、職員室に行って開けてもらおうよ」
「この時間だと他の出入り口は絞められているはずだし」
と優奈が言うと、隆義と結依は頷いて三人は職員室へと向かっていった。
「失礼します」
ドアをコンコンとノックしてから、三人は職員室へと入ったのだが、
そこには職員室には誰もいなかった。
「おかしいなぁ、この時間だったらまだ先生達は残っているはずなんだけど・・・」
不思議そうに優奈が言った。
確かに完全に職員が帰宅してしまう時間までには、まだ達していなかったし、
普段ならかならず誰か残っているはずだから、確かに不思議であった。
「仕方がない、鍵を借りて明日返そう。理由は明日話せば分かってもらえるだろう」
隆義はそう言うと鍵がかけてある壁の方に歩き出した。
その時である、職員室の電気が突然消えて真っ暗になってしまった。
「なんだ!?」
隆義は驚いて思わず声を上げる。
そして次の瞬間、"きゃあー!"と結依の悲鳴が聞こえてきた。
「結依!どうした!?」
隆義は大声をあげて結依の声がした方向に振り向いた。
優奈も結依のいた方向を見るが、辺りは暗いため二人は結依に何があったのか確認できない。
だが、次の瞬間突然職員室の電気がついた。
「な、なに・・・、あれは・・・?」
優奈は結依のいた方向を見て驚いていた。
そこには、結依を抱き抱える奇妙なゲル状の物体がいたからである。
驚きのあまり、一瞬気を取られていたのは隆義も優奈も同じであったが、
すぐに我に返り、"こいつ、結依を離せ!"と叫ぶと隆義はゲル状の物体に向かって走り出していた。
「ちょっと、隆義!」
優奈がいきなり突っ込もうとしている隆義を制止しようとしたが、
隆義の耳にはその言葉は届かずに、彼は結依を助けようと走った。
すると次の瞬間、ゲルの物体は下の方から触手のようなものを伸ばして、隆義のことを薙ぎ払った。
薙ぎ払われた隆義は、勢いよく机にぶつかってしまった。
「ぐっ!」
「隆義!」
優奈は叫ぶと隆義に向かって近づいていき、彼の無事を確かめる。
「隆義!大丈夫!」
隆義は左腕を抑えながら立ち上がると"なんとか大丈夫だ"と言った。
次に隆義はゲル状の物体を睨み付けると同時にどうやって結依を助け出すかを考え始めた。
(なんとか、あの触手を避けられれば・・・、行けるか?)
(そもそも、何故アイツは結依を狙うんだ?)
いろいろなことが彼の頭の中を巡ったが、答えは出なかった。
「仕方がない、もう一度突っ込む!」
周りに武器もないので、あの触手を避けて結依の場所まで行こうと隆義は考えた。
それが無謀な挑戦だとは彼自身も理解していたが、妹を見捨てることなどできるはずもない。
だから、多少の危険は犯してでも結依を助け出すと決意していた。
隆義が走り出す体制になったちょうどその時、突然辺りには眩い光が広がった。
(なんだ!また何か来るのか!?)
隆義は警戒をしたが、彼の目の前に現れたのは意外なものだった。
「お待たせしました!」
彼の目の前に現れたのは、巫女装束のような恰好をしている獣耳が頭の上に生えている白髪の少女だった。
目の前で突然起きたことに驚きを隠せない隆義だったが、
白髪の少女はそんなことは関係なしとさらに言葉を紡いだ。
「あれれ?もしかして私のことお忘れですか・・・?」
少し悲しげに隆義に視線をぶつけてくる白髪の少女。
「君は一体・・・?」
隆義の驚いた様子を見て、"なるほど、そういうことですか"と納得した様子の白髪の少女は、
「うーん・・・、なら仕方ないですね」
「取り敢えず、目の前の"妖魔"を倒してからゆっくりお話をすることに致しましょう!」
と言い切ってから、ゲル状の"妖魔"に向かって構えた。
ちょこちょこ書いたりしていたんだけど、
結局、後編を出すのに1年位かかってしまったorz
まぁ、放置していたといえばそうなんだろうけど、まさかこんなにかかるんて・・・。
第二話はいつになるだろうな・・・(遠い目)
読んて頂きありがとうございました!